2012年1月8日日曜日

あけましておめでとうございます。

久しぶりの更新になってしまいましたが、あけましておめでとうございます。
今年はまた以前のように頻繁にブログ更新できるようになれるとよいなぁと思っています。

年末年始を実家、カッパさんの実家で過ごして1月6日に雪の積もる札幌に戻ってきました。年末はまだ雪は少なかったけれど年始にどかっと雪が降ったようで、道路脇には除雪された山盛りの雪が置かれ、おかげで道路幅は狭くなり道路もびちゃびちゃです。

年末は27日に私の実家に帰省。昨年は東京に何も用事が出来なかったので1年ぶりの帰省でした。これまで私は料理だけは苦にならなかったのですが、最近料理がおっくうになってしまいほとんど料理らしいものをしていなかったので、今回の帰省では、ひたすら時間になると一そろいの食事が出てくるのが有難く、毎回「今回も食事にありつけた、有難い!」と喜んで食べていました。うー実家は有難い!
父はベターホームの料理教室で習った料理をいろいろ披露してくれました。ラーメンまで自分で打つのには驚いた!出汁もきちんと取るので美味しく、父の作る金平は私の作るものよりずっと美味しいので、レシピも教わってきました。やはり料理は出汁ですなぁ。
今年は少しずつカッパさんに料理を覚えてもらいたいです。カッパさんはうどんとか鍋の残りのおじやとか残り物の活用や「混ぜ物」は得意なんだけどね、ちょこっとした単品の野菜料理とか覚えてほしいなぁ!

30日は祖母の96歳の誕生日に、親戚中がホームにお祝いに集まり、イトコのran-chanがホームの皆さんの前で歌のコンサートをしてくれました。昨年のビッグニュースの一つはイトコのran-chan, chak-chan姉妹の電撃結婚。ran-chanのだんなさんnico-chanが音響係としてぴたっとran-chanにくっついていて幸せそうでした。1年ぶりに会った大ママ(祖母)は、ずっと寝たきりの姿でしたが、皆が集まったことを喜んでくれました。


1月1日は実家に姉家族、弟家族全員が集まる。弟のところに10月に2人目の子ども(kanae-chan)が生まれたので総勢12名。0歳、1歳、3歳、4歳児各1名と年齢の異なるちびっ子がいるのでそれぞれの成長ぶりを見るのが楽しい。お節を食べた後は、甥っ子を囲んですごろくを楽しみ、その後はトイザラス(おもちゃや)に出かけた。


母が焼いてくれたカステラしっとりしていて美味しかった



甥っ子がプレゼントしてくれた絵

1月3日は実家を発ってカッパさんの実家の仙台へ。今年は珍しく大宮から新幹線で移動。これまで高速バスで移動していたので、2人で「いやー新幹線は快適だねえ」「椅子も良くて座席も広いねえ」と新幹線の快適さを口々に褒め称える。周りの人々は「こいつらこれまでどんな移動をしていたんだ?」と不思議に思ったかもしれない(笑)。

仙台の両親に会うのは地震以来初めてのこと。実家は素人目にはほとんど無傷だが、大黒柱に一筋の長いヒビが入り、屋根の瓦が落ちたりして「半壊」の認定を受けた。綺麗好きなお父さんが家の中をきれいに片付けているので、ちょっと目には地震があったことなど分からないが、仏壇のお線香の灰が畳に落ちて畳を替えたり、2階の本棚のガラスが粉々に割れて散らばって畳を全て替えたり高齢の2人が片付けるのはいろいろ苦労があっただろうと思う。

しかし、お父さんは、相変わらず本棚の上の高いところに壷を並べたり、たくさんの油絵を高いところにかけたりしているので、また地震があったらと思うと(ちょうど私たちが泊まっている間夜中に地震があった)怖かった。


4日はお母さんのお友達宅へ挨拶周り、夜はカッパさんの高校時代の友人たちと飲み会。5日はカッパさんの希望で、お友達が車で被災地を回ってくれる。荒浜、亘理など沿岸部は一面の更地となっていて、元がどういった風景であったのか想像しにくい。時折1階部分を津波でやられた家がぽつんぽつんと建っていて痛々しい。海岸近くには津波に耐えた松が強風の中立っていた。がれきの山もあちこちに見えた。こうして実際に訪れてみると「被災地」として一括りにするのではなく、それぞれにその土地に愛着を持って生きている人たちがいたこと(いること)を考えさせられる。



6日の朝9時半のフライトで仙台空港から新千歳に戻ってくる予定だったが、新千歳の除雪が遅れたためフライトは3時間遅れで出発。家に戻った後は疲れ果ててずっと昼寝。飛行機の中でカッパさんのお母さんが持たせてくれた栗ご飯を食べる。お母さんは先月80歳を迎えた。ひざが少々悪くて、立ち上がるのもちょっと大変そうだったのに、食事作りや後片付けなど高齢のお母さんにすっかり甘えてしまった。お世話になりました。

仙台に行くと、カッパさんのお友達のお母さんが差し入れしてくれた栗ご飯や、お母さんのお友達宅でご馳走になったお雑煮、お隣のおばあさんがいつも差し入れてくれる天ぷらなどいろんな人の手料理をいただくことになるのがまた楽しかった。今年は放射性物質が気になったが、でも皆さんの手料理は変わらず美味しかった。