2011年4月30日土曜日
もう朝日はイヤ!
原発事故や放射線の人体への影響に関する朝日新聞の記事がひどすぎて、私はこのところ朝日新聞を読んでは腹を立てている。購読をやめたいが、カッパさんに聞いたらすでに来年まで契約しているって!!
今日は、原発事故後に内閣官房参与に採用された東大教授の小佐古敏荘氏の辞任記事が朝日の夕刊の一面に載っていたが、小佐古氏の主張にはあまり触れずに政府の言い訳にばかり焦点を当てて内紛で困ってるというような記事に見せかけていた。日経の取り上げ方の方が小佐古氏の主張(福島の小学生に年間20ミリシーベルトの被ばくを許しているが、国内の放射線業務に従事する者でもそんなに被ばくする人はきわめて少ない、自分の子どもにはそんなことは容認できない)に焦点を当てていてまだよかった。そしてNHKは小佐古氏の会見全文をネット上で公開した。
http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/200/80519.html
こういうきちんとした学者が内部にいるのに、それでも変えられないっていうのは一体どういういこと?
福島の子どもたちを北海道に呼べないかねえ。
「避難」という後ろ向きの響きではなく、これから迎える北海道でもっともすばらしい季節を楽しむために1シーズンでいいから来てほしい。新鮮な牛乳もたくさん飲めるし、原っぱで遊ぶこともできるよ!
今日は、原発事故後に内閣官房参与に採用された東大教授の小佐古敏荘氏の辞任記事が朝日の夕刊の一面に載っていたが、小佐古氏の主張にはあまり触れずに政府の言い訳にばかり焦点を当てて内紛で困ってるというような記事に見せかけていた。日経の取り上げ方の方が小佐古氏の主張(福島の小学生に年間20ミリシーベルトの被ばくを許しているが、国内の放射線業務に従事する者でもそんなに被ばくする人はきわめて少ない、自分の子どもにはそんなことは容認できない)に焦点を当てていてまだよかった。そしてNHKは小佐古氏の会見全文をネット上で公開した。
http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/200/80519.html
こういうきちんとした学者が内部にいるのに、それでも変えられないっていうのは一体どういういこと?
福島の子どもたちを北海道に呼べないかねえ。
「避難」という後ろ向きの響きではなく、これから迎える北海道でもっともすばらしい季節を楽しむために1シーズンでいいから来てほしい。新鮮な牛乳もたくさん飲めるし、原っぱで遊ぶこともできるよ!
2011年4月23日土曜日
理想の上司
今、私の理想の上司はソフトバンクの孫正義さん、そして城南信用金庫の吉原毅理事長です。
<孫正義>原発問題について熱く語る
孫さん少し甲高い声で熱く原発について語る姿が格好いいです!
原発に関する国民投票ぜひやりましょう。
http://www.youtube.com/watch?v=cqiqkr9JKsE
城南信用金庫「原発に頼らない安全な社会へ」
「我々のような普通の人間、普通の企業が原発について発言し、今後のエネルギーについてできることをやっていくことが大切だと考えた」
http://www.youtube.com/watch?v=CeUoVA1Cn-A
私たちは皆、反原発運動家になれるわけではないし原発問題に関してそんなに時間を割けるわけでもない。だけれども「普通」の人間だからこそできることがあるって城南信用金庫が教えてくれた。私ほとんど貯金持ってないけど、城南信用金庫にお金預けたいなぁ。
<孫正義>原発問題について熱く語る
孫さん少し甲高い声で熱く原発について語る姿が格好いいです!
原発に関する国民投票ぜひやりましょう。
http://www.youtube.com/watch?v=cqiqkr9JKsE
城南信用金庫「原発に頼らない安全な社会へ」
「我々のような普通の人間、普通の企業が原発について発言し、今後のエネルギーについてできることをやっていくことが大切だと考えた」
http://www.youtube.com/watch?v=CeUoVA1Cn-A
私たちは皆、反原発運動家になれるわけではないし原発問題に関してそんなに時間を割けるわけでもない。だけれども「普通」の人間だからこそできることがあるって城南信用金庫が教えてくれた。私ほとんど貯金持ってないけど、城南信用金庫にお金預けたいなぁ。
2011年4月22日金曜日
鮭とブロッコリーのクリームパスタ
(ダブルクリックすると大きくなります)
win min tanさんのリクエストに応えて(よくぞ聞いてくださいました)レシピをどうぞ。
<材料>3人前
パスタ200グラム
生鮭1切れ
たまねぎ2分の1個
ブロッコリー2分の1個
水2カップ
塩小さじ3分の2、コショウ少々
生クリーム2分の1カップ
<作り方>
1.ブロッコリーは小房に分ける。茎は皮の硬い部分を包丁ではがすようにむいて1センチの角切りにする。たまねぎは縦に薄切りにする。
2.深さのある片手鍋にペンネを居れ、上に玉ねぎとブロッコリーを置く。表面の水気をふいた生鮭をのせて、塩とコショウをパラパラとふって水を注ぐ。菜ばしをペンネとペンネの間に差し込むようにして全体に水をまわす。
3.鍋にふたをして強めの中火にかける。煮立ったら火を弱め、ペンネのゆで時間の分だけ加熱する。時々鮭を崩さないように鍋の中を混ぜる。
4.ペンネの芯まで火が通って軟らかくなったのを確認したら一度火を止める。鮭の皮と骨を取り除いてから、生クリームを加える。
5.もう一度火にかけ、へらで全体を混ぜながら生クリームが温まるまで加熱する。熱しすぎるとクリームが油っぽくなるので注意。ブロッコリーが細かく崩れ、鮭とともにペンネに絡むようになったら塩で味を調えてできあがり。
鍋一つでパスタと具を一緒に作ってしまうという合理的なレシピ☆こういうの大好きです。
(ただ、ペンネだったら鍋1つでよいけど、私はスパゲッティで作ったので、スパゲッティを別にゆでて、具はフライパンで作って後からパスタを混ぜました。)最近作ったパスタの中で一番気に入りました。
2011年3月31日木曜日
震災で変わったこと変わらないこと
今日で3月も最後。この3月は何だったんだろう・・・今も朝起きるたびに「全ては夢で現実の世界は原発事故とか地震とか津波とかなかったんだ、あー元の世界に戻れてよかった。ほっ」てなれないかなあと念じてしまいます。
とはいえ、北海道に住む私たちは表面上は震災前と変わらぬ生活ができている。停電はなく、スーパーに行けば豊富に物はあるし、料理にミネラルウォーターを使うことも今のところはない。私は朝起きると窓をあけて西に連なる山々に目をやり、おいしい空気を吸い込む。朝ごはんを食べお弁当を持って自転車で北大図書館へ行き、帰って夕飯を作って食べてお風呂に入って寝る。生ごみが出れば段ピー君(ダンボールコンポスト)に食べさせ、カッパさんは北側の部屋の壁についたかびを一生懸命取っている。雪が溶けて暖かくなってきたので、冬の間部屋干ししていた洗濯物も外に干せるようになった。3日に一度の洗濯、1週間に一度の部屋の掃除のルーティーンも変わらず。震災が起こったからといって、博論を提出するという課題は変わることはなく(というか、刻々と時間は少なくなりつつあるので課題は日増しにより大きな課題として迫ってきている)、博論後にやりたい仕事やその後の生活についての希望も変わることはない。私たちが一生札幌で暮らすのか、いつかどこか別の土地に移るのかは今の時点ではわからないが、これからも私はカッパさんと離婚しない限りカッパさんと暮らしていくだろう。
一方震災によって大きく変わったこともある。これまで料理本を夜寝る前に読んだり、明日は何を作ろうかと料理のことを考えるのが楽しみだったが、今は料理のことを考えるのが悲しく、料理をする意欲が萎えてしまった。スーパーに1週間に2回くらい図書館の帰りに寄るのもよい気晴らしだったが、今はスーパーに並ぶ野菜や魚たちに疑いのまなざしを投げかけて選別してしまうのが悲しい。カッパさんも「これまでは値段を第一に見ていたが今は産地を一番に見てしまう。九州産が輝いて見える」と言っていた。これが消費者の偽ざる気持ちではないだろうか。風評被害だと責める声をよく聞くが、実際に放射性物質が降っているのだから、根も葉もある事実である。それと同時に、これまで当たり前のように日々手にとって口にする野菜や魚にどんなに大きなエネルギーをもらっていたのかと改めて思う。
これまで石油ファンヒーターなどすぐにいろんなもののコンセントを抜くカッパさんを、私は「カッパさんはすぐにコンセントを抜く」と文句を言っていたが、震災後は、自分から積極的に抜くようになった。私がベトナムに行ったりしてカッパさんが一人暮らしをすると電気代やガス代はわずか(ガス代なんて私がいるときの10分の1!)だが、私と一緒に暮らすと電気代もガス代も跳ね上がる。湯水のようにエネルギーを使う自分には反原発を言う資格がないのだということを原発事故が起こって数日後これまでの光熱費の領収書をまとめながら考えた。北海道では電力の約4割を原発に依存している。札幌から65キロ離れた泊原発は、2年前に訪れた積丹半島の西側の付け根に位置する。北電は昨日、2012年に始動予定のプルサーマル計画に変更なしと発表した。
原発事故が起こってから1週間くらいは下痢や不眠、食欲不振に悩まされたが、それはこれまで電気をのうのうと使いながら原発の問題に目を背けていた都会人の原発アレルギーそのものだったなと思う。原発事故の可能性は前から指摘されていたし、具体的にシミュレーションしてくれていた人たちもいたし、原発そのものが恒常的にヒバクシャを生み出すものであることを数少なくない本が指摘してくれていた。問題はずっとそこにあったものなのだが、私には見えなかったというより見ようとしなかったということなのだろう。そして今この瞬間にもこちらは変わらぬ生活を送りながら、福島原発でヒバクする人を生み出しているという重すぎる事実を、同じ時代に生を受けている人間としてどう受け止めればよいのか、「感謝」「尊敬」「敬意を表する」「誇りに思う」どれも違う気がして、私には正直なところよくわからない。
昨日夜ご飯を食べながらカッパさんに「カッパさんは明日でこの世が終わるとわかっていても、変わらず過ごしそうだね」と話しかけたらカッパさんも「そうだね」と言っていた。カッパさんは、もし明日でこの世が終わりと知っていても、きっとおコメをといでたっぷり浸水させて音楽を聴きながらフムフムうなずきながらご飯をばくばく食べるだろう。ズボンの下にズボン下3枚くらい重ねて雪だるまのように着膨れしながらカビを拭いたり炊いたご飯をラップに包んだりしているだろう。カッパさんが「どうしてこんなことになってしまったんだろう」なんて言葉をつぶやいても、どこかのんきで重大さが伝わってこなくてユーモラスですらある。そういえば、仙台にいるカッパさんのお母さんも、決して嘆いたりすることなく淡々と過ごしていそうだ。
震災前と震災後で何がどのように変わったかと考えてみたらこのようにいえそう。自分の課題や目指す方向は震災前と変わらない。でも今回の経験でこれから目指したいエネルギーの形や社会のあり方、人との結びつき(北海道に友達ほしいなとか)がよりくっきりとはっきりとした。だから、それを実現するために、明日からの日々を過ごしていこうと思う。
*ベトナム風鍋(餃子入り)
*餃子
*スナップえんどう
*じゃがいもとわかめのおみおつけ
*白米
*豚肉のにんにくこんがり焼き、レタスとかいわれ添え
*じゃがいもとわかめのおみおつけ
*白米
おみおつけによく使う生活クラブのわかめは三陸海岸産のもの。
わかめの会社は福島県いわき市にあるが、製造元の会社は
地震で甚大な被害を受けた宮城県志津川で連絡が取れない状況だそう。
わかめは4月も注文していたが供給中止になった。
ここのわかめも、にぼしも、かつおぶしもとてもよかった。
製造元の会社の方々が皆無事でおられるようお祈りしている。
時間がかかっても、またここのわかめやにぼしが食べたいなあ。
*豚の角煮、ゆでたまご、青梗菜添え
*やまと芋と海草のサラダ
*じゃがいものおみおつけ
*白米
*そいの煮付け、ごぼうとピーマン
*春雨としいたけのスープ
*ごはん
*ポークビーンズ
*ゆでブロッコリーとミニトマト、カッパさんがドイツでお友達にもらったという
超濃厚なチーズをつけて食べました。
*パン
*鮭とブロッコリーのクリームパスタ
*温野菜とチーズ
2011年3月29日火曜日
14歳中学2年生の藤波心さんのブログ
ぜひ読んでください。本質的なことを中学2年生がずばっと指摘している。 http://ameblo.jp/cocoro2008/entry-10839026826.html
2011年3月28日月曜日
まとめと対策―放射能による食品汚染―
昨日は気分転換にカッパさんと百合が原公園に行ってきました。
まだ畑の雪はこんなに残っているけれど、道路の雪はほとんど溶けているので
2人で久しぶりに自転車を走らせました。
北海道もあと1ヶ月ほどで本格的な春がやってくるでしょう。
百合が原公園温室の色とりどりの花をどうぞごらんください。
2回にわたってこちらにアップした放射能による食品汚染に関してですが、これまでのまとめと私の意見、考えられる今後の対策について以下に書きます。
・チェルノブイリ事故のデータは、食品による内部被爆の割合が全体の80%と、外部被曝よりも圧倒的に割合が高かったことを示している。そして食品による体内の被曝は、自身で気をつけることによって減らすことができる。だからこそ、食品汚染に関する基礎知識を持つことが重要。
・被曝量を考えるときに重要なのはトータルで考えること。トータルというのは、2つ意味があって、一つは、1人が1年間に摂取する食品のトータルで計算すること、ほうれん草だけ、牛乳だけで考えるのではないということ。もう一つは食品による内部被曝、皮膚などにつく外部被曝の2つを合わせて考えること。とすると、メディアでよく説明がなされる「放射性物質が検出された野菜を100グラムずつ10日にわたって食べても1年間の許容量の半分に過ぎないので問題ない」などという説明がいかに乱暴きわまりないものかよくわかるだろう。私たちは毎日水を飲み、おコメやパンを食べ、野菜や果物を食べる。仮に1日の摂取食品量を1400グラムとすると、ほうれん草100グラムは14分の1でしかなく、しかも汚染はほうれん草だけにつくものではない。そのほうれん草10回分で、1年の半分に達してしまったら、他の食品汚染や外部被曝を許容する余地はほとんど残されていないではないか。
きのこやハーブなど、放射性物質を取り込みやすい食品群があるが、きのこやハーブは人にもよるが、毎日必ず食べるという人は少数派なのではないか。しかし水やおコメ、野菜などは誰もが毎日のように摂取するため、たとえ放射性物質の量が基準値以下であっても、1年のトータルで考えた場合容易に基準を上回るものになりうるということを考える必要がある。
・どのくらいの放射能を浴びたらどんな影響がでるのかといった危険率の評価については、研究者によって評価が分かれるし、許容量の数値は歴史的にも書き改められてきた。日本が採用している1人1年につき1ミリシーベルトという値に関しても、研究者によってさまざまな見解がある。したがって、危険とみなされる被曝量や食品に含まれる放射性物質の基準値は、多分に政治的なものと理解できる。その証拠に、原発を持っていない国は、非常に厳しい基準値を採用している。国際基準と照らし合わせて日本の基準は厳しいと政府は説明しているようだが、チェルノブイリ事故後の、ヨーロッパ各国の対応を見ると、日本の今の基準がかなり甘めに設定されていることに気づく。例えば日本の基準では乳児の飲料水の基準値は1リットルあたり100ベクレルだが、チェルノブイリ後のオランダは乳幼児食品については40ベクレル、ドイツのヘッセン州は乳幼児に対して1リットル牛乳あたりの制限値は20ベクレルとするなど、おしなべて日本より低い値を設定していた。
・著者によれば、広島・長崎の被曝者たちの発ガン率の統計や、長年操業を続けた原子力施設での労働者の発ガンに関する調査などは、低いレベルの放射線の影響が従来考えられてきたよりはるかに高いことを示唆している。なかなか確定的な結論は得られないが、放射線の危険性がかつて考えられてきたものより高いということは、ほぼまちがいのないことだろうと著者は述べている(もちろんこれに対する反論もあるだろう)。被曝した線量が増せば、その人ががんにかかる確率は増えるが、線量が多いからといってがんの症状が重いということはない。低線量被曝は「しきい値」がなく、したがって、低い線量もけっして「安全線量」とはいえず、なにがしかの危険性(がんなどを起こす可能性)をもっていると考えなくてはいけない。したがって、「避けられる被爆は可能な限り避ける」のが正しい。各メディアが繰り返し発言している「ただちに健康に影響がありません」というコメントは、私は「ただちに何らかの症状が現れることはありません。ただ、将来のリスクはごくごくわずかですが増すことになります」と理解している。
・今、私が危惧しているのが、皆がこの状況に慣れてしまって「基準値以下だから大丈夫」「ちょっとの放射能は体に影響がない」と言って、考えることを放棄すること。被曝に関してきちんとした知識を持つことと、慣れることは別である。政府は食品に含まれる放射性物質の暫定基準値を緩和する方向にあるようだが、これは、命を軽視して、ガン死者が増えても仕方がないと政府が考えていることの表れではないか。もちろん私たちは食べなくては生きていけないし、あまりに厳しい値だと食べるものがなくなってしまうのも確かだし、農家の人もものすごい困っている。でもだからといって緩和した基準値をやすやすと認めてしまってよいのだろうか。「この野菜には放射性物質が含まれているけど、基準値以下だから問題ないよ」と人々が言う国に、外国の人たちが旅行にきたり、留学や仕事に来たいと思うだろうか。
・私が今考えている対策は、①各自が入っている生協や食品の宅配などで皆で話し合って放射性物質の測定器を共同で出資して購入したりして、放射性物質の値を独自にはかり、かつ国の基準とは異なる独自の基準値をもうけて、より安全な指標を持つこと。②福島県や茨城県の農家の人たちと話し合い、どうしたら彼らが安全に農業を再開できるか一緒に道を探ること。それまでの間、他県産のほうれん草198円を一束買ったら、同時にこれまでほうれん草を作ってくれていた茨城県の農家の人に198円チャリンと落ちるような仕組みを構築できないものか。
2011年3月26日土曜日
復興したら花嫁を & 放射能による食品汚染2
今朝の新聞の「被災者の声」欄に、福島県の37歳男性の方が「一人暮らしなので復興したら花嫁をさがしたいですね」とあって思わず笑ってしてしまった。「結婚相手」じゃなくて「花嫁」と言うのがロマンチックな響きでよかった!自宅は崩壊寸前で避難所生活を送っておられる中で、未来の花嫁との出会いを夢見ている彼に、明るい希望をもらいました。写真を見るととてもやさしそうな方、よい出会いがありますように。 希望の持てる話の後に、また放射能の話で申し訳ないのだが、昨日の続きを。あまり神経質すぎるのもよくないし、もちろん風評被害を広げようという意図は毛頭ないが、こうして本の内容を紹介することによって、少しでも多くの人が過去の経験から学び未来の被害を減らすことも、前向きな生き方なのだと信じている。私の友人には小さいお子さんを持つ人が多いので、それもここにアップする理由。 高木仁三郎+渡辺美紀子 『食卓にあがった死の灰』講談社現代新書、1990年より ・(日本でチェルノブイリ級の事故が起こったらと仮定して)避難の次にくるべき心配の種は、飲料水の汚染である。雨水の汚染が河川を汚し、その汚れが上水道に入ってくるわけだが、ふつうの都市の水道用浄水場ではなかなかヨウ素の汚染が除去されないと考えるべきだろう。あるデータによると、飲用の水系が汚れた場合、50パーセント以上のヨウ素が浄化系をくぐり抜けて水道水に入ってきたという。ヨウ素以外のセシウムやストロンチウムなど、金属イオンの形で水の中に存在する放射能は、通常の浄化系ではいっそう除去しにくいはずだが、チェルノブイリの経験だと、セシウムは地表下数センチのところまでの地層吸着が強く、意外に雨水→河川→水道水のルートでの汚染は少なかったことは注目に値する。p. 181 ・初期のヨウ素による汚染物は口にしないようにするしか手がなさそうだ。葉菜は洗って食べるとか、飲料水は煮沸するとよいと書かれた手引書もある。確かに汚染した直後の葉菜は、洗浄による除染効果が何十パーセントか期待できるようだ。しかし、さまざまな経験・見聞を総合して一般に洗浄や煮沸の効果にあまり大きな期待はできない、というのが私たちの見解だ。p. 184-185 ・初期のヨウ素の強い汚染をどうにかくぐり抜けた後は、持続的なセシウムの汚染にずっと悩まされることになる。その後の汚染の変化のパターンは、以下のとおり。 <葉菜類>初期の汚染がひどいが、風雨による除去効果、葉の生長などで、濃度は比較的はやい速度で減っていく。その後は、土壌中のセシウムを根から吸収することによる汚染が長いこと残存するが、葉菜類などではそれほど高いレベルではないだろう。 <果実など>果物やナッツ類などでは、当初葉や果実の表面に沈降するセシウムの強い汚染を受ける。この汚染が果実の内部に取り込まれるから、風下にあたる所では初期に何千から何万ベクレルという汚染が広い範囲で検出されるだろう。この葉などの表面からの取り込み分は、時間がたつとやや足早に減っていくが、次第に根からの吸収による汚染が増えだす。 <根菜と穀類>当初の葉の汚染の影響は小さいと考えられるから、事故がたとえば収穫期だったとしたら、大きな影響は受けないだろう。根菜や穀類の場合、セシウム汚染は根からジワジワとやってくる。その根からの取り込みも、根菜類ではそう大きくないが、穀類ではかなり大きく、事故の翌年も土壌の汚染が持続する関係で、相当に強い汚染が残るだろう。 <牛乳・乳製品・肉類>牛乳や牛肉など、牧草の影響を受けるものは、初期から汚染の影響を受けるが、時間がたつと牧草が生え変わったり生育したりで、汚染の影響はやわらぐ。しかし、その後から根からの吸収があるので、数年の間、牛乳・肉などの汚染は顕著であろう。冬期には干草やコケ類の食用の関係で、事故から相当の時間がたった後で汚染が増えだす例があるから要注意である。 ・日本人の1日の平均献立を立ててみて、①特別の選択なしに飲食し、②ただし汚染はとりあえずセシウムだけと考え、セシウム137対セシウム134の比率を10対3とし、③汚染の強いものは流通が禁止されその10分の1程度の濃度のものは出回るとする、という仮定をたて、単純化したモデルだが、事故後1年間のセシウム摂取量を計算すると、1年間の食品による被曝値は6.4ミリシーベルト、摂取したセシウム量は42万ベクレルである。これは原発からさして近くも遠くもない人々がふつうに食生活を送った場合の値である。6ミリシーベルトと聞くと、案外たいしたことはない、と思うかもしれない。しかしそれは一般人の年間の線量限度の6倍以上にもあたり、最近の低レベル放射線の影響評価に即して考えれば、それだけで日本全体でおよそ10万人近いがん死者をもたらすかもしれない。p. 189-192 ・考えなくてはならないのは農民の被爆で、汚染した地域の生産物への食生活上の依存度が高くなること、汚染した土壌や干草を取扱ながら作業をせざるを得ないことから、被曝量は一般人の3-5倍にも達するのではないだろうか。とにかく、原発事故と農業は共存しえない。p. 198 以上が日本での原発事故の仮定以下はまたチェルノブイリの振り返り ・西ドイツの報道などをみても、汚染の強かった乳製品や肉などが単純に廃棄されたわけではなく、うすめられて他の加工品に入ったり、また、基準や検査の厳しくない国に輸出されたり、というケースがけっこう多かったようだ。私たちは消費者の側から、この種のやり方を一方的に批判しがちだが、生産者たちが苦労して育てた作物や家畜を簡単に廃棄処分にするにはしのびない、という気持ちは、よくわかるような気がする。そういう意味で、370であれ、37であれ、10であれ、あまり数字にだけこだわってはいけないだろう。何ベクレルという前に、チェルノブイリの汚染で、濃淡はあれ、この世界がなべて汚染に見舞われてしまったという事実、したがって、たとえ「基準値」以下にせよ、私たちのすべてが、その共通の汚染に見舞われた地球のもとで必死に共に生き続けようとしている存在なのだということを忘れてはいけないだろう。自分だけ、基準値以下のものを手にできれば、というような発想では、とてもやっていけそうにない。p. 210-211 ←この本の中で私が一番心に残ったのはこの部分でした。著者の人間性、全ての命に価値があるという姿勢がよく表れていると思います。 ・チェルノブイリの事故の際のヨーロッパの人たちの経験でも、知識のなさから来る恐怖とパニックが最も危険なことだとったという。一口にいえば、原発問題の基本を身近なこととして身につけている、ということだろう。みんなが原発の至近距離=地元に住んでいるという意識が必要だ。特に、しごく当たり前のことは1)原発事故や主な放射能の種類のその基本的性質についての理解2)事故炉についての基本的知識とその距離3)事故の規模と経過についての迅速な情報4)風向き、風速その他の気象条件 ・ヨーロッパに行く機会に、食品の放射能汚染によって生産者と消費者の関係には溝が入らなかったのか、という点について聞いてみたら、向こうの人たちの反応は「そういう環境の危機の時こそ、生産者と消費者が団結して、もっともお互いに納得できる方法を話し合っていかなくては」ということだ。かえって、生産者と消費者の間の団結は強まったと言ってました。p. 237 ・取材を通して痛感したのは、ひとつの工場の事故が、世界中の食卓の上に汚染物を降り注ぐ。これはなんとも野蛮で暴力的な世界に私たちが住んでいるということではないだろうか。とてもクリーンどころではない。原発か火力か、放射能か炭酸ガスか、というようなところで選ばされてはたまらないと思うのです。もっと賢明で有効なエネルギーの使い方やつくり方を考える方向に関心や努力を向けないで「背と尻か」の選択の話ばかりやっているんですからね。p. 239-240 とりあえずこれで引用終わりです。
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